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あらゆる経営の根本は「人」にある。長野で紡ぐ企業と地域の未来

長野電鉄会長

笠原 甲一

私たちグレート長野は、創業当初よりこの地の人材流通の課題と向き合い続けてきました。本サイトのリニューアルに合わせて、今一度、長野県で働くこと、地方で雇用を創出していくことの意義や希望を、地場産業に貢献してきた人々と紡いでいきたいと考えています。そんな思いを託したスペシャルインタビュー企画の第一弾として、長年にわたって当社との取引がある、ながでんグループの中核企業である長野電鉄を訪ねました。
多くの地方企業が人材不足や経営の継続に課題を抱える中、長野の地で長年にわたり、住民たちの日々の暮らしを支える事業を堅実に展開してきた長野電鉄。その舵取りを担ってきた笠原甲一会長に、長野で働く魅力や地域経済に貢献する企業経営の在り方について語っていただきました。

仙台から長野へ。縁に導かれた転機

ダミー

― 笠原さんが長野電鉄で働くようになった経緯について教えてください。

私の出身は仙台なのですが、父方の実家が長野で造り酒屋をやっていたんですね。父は後を継がずに仙台に移住して、東北大学で博士号を取り、そこで金属や鉄鋼の研究をしていました。そんな父の影響を大きく受けながら、私は東北大学の理学部を卒業後、日本鋼管(現JFEエンジニアリング)に入社して、神奈川県の川崎に転居しました。

数年後、そろそろ結婚しようかという時期になり、父の長野の知人からお相手の紹介を受けたんです。いわゆる“お見合い”ですね。その相手が、当時長野電鉄の社長を務めていた笠原忠夫氏の四女でした。

結婚してからしばらくは一緒に川崎で暮らしていたのですが、1974年の10月に忠夫氏が急逝してしまって。ほどなくして、向こうのご家族から「婿養子になって長野電鉄の後継となってくれないか」との打診を受け、翌年に長野に引っ越して、長野電鉄に入社しました。

ダミー

― 移住されて、長野にどのような魅力を感じましたか?

やはり自然が豊かなところですね。冬はスキーをしたり、夏は釣りをしたりと、豊かな自然が身近にある環境で、子どもたちも伸び伸びと育っているなと感じます。土も水もよいからか、地元産の野菜や果物はどれも美味しくて、今でも日々、食文化の豊かさを実感しています。

以前いた仙台や川崎と比較すると、長野の人たちは奥ゆかしく、率直に褒めあったりすることは少ないように感じます。ただ、根はとても優しくて、一度つながりができると、長くアットホームな付き合いができる温かさがありますね。

― グレート長野とはいつ頃から取引をされているのでしょうか?

笠原: かれこれ21年以上(2025年現在)のお付き合いになりますね。今でもグループの各社で利用させてもらっています。それぞれの担当者に聞いたところ「仕事熱心で、素晴らしい人たちばかり派遣してもらっている」と口をそろえて言っていました。中には10年以上同じ部署で勤めている派遣スタッフさんもいるようで、本当に社内での信頼が厚いんだなと感じています。

地方企業の経営と人材――「人」への想いが会社を変える

ダミー

― 人口減少や高齢化が進む中、多くの地方企業が人材確保に苦労されています。長野電鉄では、この課題にどのように取り組まれているのでしょうか?

ここ数年、長野にも大手のホテルチェーンや大規模な商業施設がどんどん進出してきて、人材確保の競争はさらに激しくなってきているなと感じています。正直なところ、地方の中小企業は、給与や条件面では大手企業に及ばない部分が大半です。

そんな中でやはり企業としては、できる限り従業員の暮らしに寄り添うような姿勢や仕組みづくりが必要です。具体的に言うと、長野電鉄では子育て支援や介護休暇などの福利厚生を充実させることで、働く人の生活全体をサポートすることに力を入れています。

ただ、何より大切にしているのは、日々の真摯な仕事の積み重ねから生まれる信頼関係、そこからにじみ出る誠実さ、実直さです。周りから「あそこは人に対して温かい会社だよね」「働きやすい職場だね」と思ってもらえる企業であることが、長期的には人材を引きつけ、定着させる力になると考えています。

ダミー

― 人そうした人材との関係性を重視する経営は、長野電鉄ではいつ頃から意識的に取り組まれてきたのですか?

転機となったのは2004年でした。会社が非常に厳しい状況に陥った時、京セラの稲盛和夫さんの経営哲学に出会い、彼が開いた経営塾である「盛和塾」に入塾したんです。そこでの学びは、本当に目から鱗の連続でした。

こうした経験に感化され、私は毎年「何事もまずは相手良し」「殻を破ろう」など、短い言葉で行動指針を示し、全従業員に向けて発信するようになりました。直接的な指示ではなく、「こういう方向に向かっていこう」という想いを、ことあるごとに伝え続けたんです。

その結果、一人ひとりの仕事への向き合い方が少しずつ変わっていき、会社全体のベクトルが揃っていきました。経費削減などほかの施策の効果ももちろんありますが、従業員の人数も顔ぶれはほぼ変わらないまま、経営状態も少しずつ改善していったのは、彼らの意識と行動の質が変わったおかげだと思います。

― 現在注目されているパーパス経営や人的資本経営の考え方を、かなり早い段階から実践されていたということですね。

そうなのかもしれません。上の人の想いは必ず下に伝わるものです。子育てと同じで、その時は聞いていないように見えても、大きくなってから意外と身についているものです。大事なことは何度も繰り返し、ぶれずに伝え続けることが重要なのだなと、あらためて感じます。

ダミー

― 稲盛氏の教えの中で、特に経営の判断基準として大切にされているものはありますか?

いろいろとあるのですが、一番は「我を忘れて利他の精神を持てるかどうか、他人を思いやれるかどうか」という点ですね。これまでの経験から、自分の損得は二の次にしてでも「それが本当に人のためになるか」という視点を常に持つことが重要だと学びました。

そんな考えもあって、2020年の100周年を機に、長野電鉄の経営理念を「敬天愛人」「全従業員の物心両面の幸せを追求すると同時に、地域社会に貢献する」に改めました。これは稲盛氏が京セラで掲げていた社是でもあります。関わる人たちが幸せになれば、自然と会社も良くなっていく。そういう状態を目指して、一つひとつの仕事に真心を込めていこう、と呼びかけています。

― その「敬天愛人」の精神を、具体的に地域社会への貢献という形で実践するには、どのような取り組みが必要でしょうか?

実は、地域のために何か特別なことをしよう、という意識はほとんどないんです。地域社会への貢献というのは、「人に迷惑をかけない」とか「目の前の人の役に立つ」とか、そういう個々人の小さな行動が出発点だと考えています。

私たちは鉄道事業を営んでいますから、まずは事故を起こさず、お客様に安全で安心な交通手段を提供することが何より大切です。それを毎日続けることで、信頼を積み重ねる。その信頼があるからこそ、不動産や介護施設などのグループとして手がけているほかの事業でも「長野電鉄さんが関わっているなら安心」と思っていただけるんですよね。

長野で働く魅力。自然と調和した豊かな暮らし

ダミー

― 長野電鉄や地方の中小企業に改めて目を向けてもらうために、若い世代に伝えたいことはありますか?

都会に比べると、長野はのんびりとした生活ができますし、暮らしのコストもかなり安く済むはずです。私も日本鋼管を辞めて転職した際、給料は半分に減ってかなり焦りましたが(笑)、結果的に生活の質はそれ以上に豊かになったなと実感しています。

ここにはスポーツや趣味、農業など、自分の好奇心を育てるフィールドが大きく広がっています。都心で「ちょっと農業をやってみよう」となるとかなり難易度が高いですが、長野なら少し知り合いができたら、自分でやるにしても手伝いをするにしても、気軽にできますよ。

また、子どもの教育環境としてもすごく良いですね。教育移住も増えていると聞きます。四季折々で違った表情を見せる豊かな自然の中でこそ、豊かな創造力が育まれるでしょう。観光や教育、そこから広がる経済を含めて、長野は高いポテンシャルを持っている土地です。その魅力は、この地に住み、働くことでさらに実感できるはず。ぜひ、まずは気軽に遊びに来て、この地との縁を少しずつ結んでいってもらえたら嬉しいです。

右から笠原氏、グレート長野代表取締役緒方 旧代表堤

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